REPORT レポート

史上9人目、最強の証明!井上尚弥がアジア初4団体統一王者に

(勝者)WBA・WBC・IBF世界バンタム級王座
井上尚弥(大橋)
24戦24勝(21KO)

WBO 世界バンタム級王座
ポール・バトラー(イギリス)
37戦34勝(15KO)3敗

プロボクシングの世界バンタム級4団体統一戦はWBAスーパー、WBC、IBF世界同級王者井上尚弥(大橋)が、WBO世界同級王者ポール・バトラー(英国)に11ラウンド1分9秒、KO勝利。アジア初、史上9人目の4団体統一王者となった。

「1.5倍強くなっている」。試合前の記者会見で大橋会長(大橋ジム)が語ったように、試合は終始井上劇場を見せつけられる形となった。バンタム級の4団体統一戦という王者対決にも関わらず、3つのベルトを保持する井上は、同級王者バトラーを翻弄。中盤には挑発する場面も見せた。井上のパフォーマンスを前にバトラーは防戦一方。下馬評では圧倒的不利と評されていただけに「臆病者と思われたくない」と攻撃の隙を突くゲームプランであったが「チャンスがなかった」と井上を称えた。

平日にも関わらず会場は満員だった。井上尚弥は映画「キル・ビル」のテーマ曲『Battle Without Honor Or Humanity』で堂々の入場。バトラーは国歌斉唱の際も歩みを止めず、落ち着いた表情の井上とは好対照であった。

井上尚弥 VS ポール・バトラー

期待が最高潮に達したところでゴング。誰もが1ラウンドの展開に注視した。
初めに手を出したのはバトラーだった。2発のジャブ。井上には届かない。呼応するように井上の一打。そのスピードと衝撃音が会場に響き、観客はどよめいた。井上の試合ではお決まりの展開だ。
続いてバトラーのガードを打ち崩すようにワンツーを打ち込んでいった。井上の強打を受けたバトラーはより強固にガードを上げた。井上は必ずボディを組み込むコンビネーションで上下に散らして攻め抜いた。

井上尚弥 VS ポール・バトラー

2ラウンド早々、被弾した色白のバトラーの顔とボディが赤くなっていった。バトラーの防御に構わず、井上はガードの上からストレート、オーバーフックの連打を叩き込んだ。バトラーの体はガードのまま、バランスを崩した。井上の前ではガードが意味をなさない。ガードが意味をなさないのなら、喰わないよう距離をとるのが唯一残された手だ。同時に勝機はさらに見出しづらくなる。実際、バトラーの手数は確実に減った。被弾して腰が落ちるが、王者の意地を見せジャブ、フックで応戦した。それもすべてスウェーでかわした井上だった。

大抵の選手ならば見せないコンビネーションも魅せた。2021年12月のアラン・ディパエンとの防衛戦では鮮やかなアッパーのトリプルで観客を驚かせた。今回はボディストレート2発、3発の連打。スピードと精度に自信がない限り、単調なコンビネーションは避けるが、この点だけ見ても井上は別格だと言えた。

井上尚弥 VS ポール・バトラー

そして、今回も井上のジャブは冴えていた。ジャブには距離を測る、次のコンビネーションにつなげるための“捨てパンチ”もあるが、井上にはそれが一切ない。すべての攻撃が相手を仕留める威力を内包していた。この時すでに、井上はバトラーのデータ採取は終えただろう。5Rに入ると観客の脳裏には「井上はいつギアをトップに入れるのか?」がよぎった。

バトラーのトレーナー、ギャラガー氏は「井上の弱点はディフェンス」と指摘。それに対して井上は「ディフェンスが一番得意」と反論した。試合中盤は両手を完全に下げる、スイッチで翻弄し攻撃を寸分の差でかわし、その言葉を遺憾なく証明した。8ラウンドには両手を後ろで組むパフォーマンスで挑発。しかし、バトラーは応戦せずガードを一時も下げることはなかった。10ラウンド。会場に「尚弥コール」が鳴り響いた。

井上尚弥 VS ポール・バトラー

残り2ラウンド。別の意味で想像していなかった「判定」の文字が浮かんだ。しかし、井上はやはりモンスターだった。

11ラウンド開始直前、ゴングを待たずに立ち上がりステップを踏んだ。変わらず足を使いリングを回るバトラー。井上は鋭いジャブを突き、バトラーの進路を防いだ。バトラーにロープを背負わせジャブ、ストレート、そして右ボディの強打。体がくの字に曲がった。逃れようとした瞬間、さらに強打のコンビネーションを叩き込んだ。ついにバトラーは耐えきれず、足から崩れ、前のめりでマットに倒れた。立ち上がろうとするが首を横に振り、レフェリーの10カウントが告げられた。井上のKO勝利。その瞬間、アジア初、バンタム級初の4団体統一王者Undisputed Champion(議論の余地がない王者)が誕生した。ベルトを一つずつ獲得したこと、統一戦すべてのKO勝利は史上初となる大快挙。

井上尚弥 VS ポール・バトラー

2018年5月に初めてバンタム級王者を載冠してから4年7ヶ月。井上はリング上で「この4年間すごく遠回りをした気もしますが、バンタム級最終章。このウエイトも楽ではないなか、4団体統一に向けて突き進むことができました」と語った。試合実現には団体間の壁があることを踏まえ、試合を受けてくれたバトラー陣営にも感謝を述べた。

改めて4本のベルトを前にして感慨深い表情で「久々の11ラウンド戦って疲れました」と笑顔。バトラーの印象は「予想以上にタフだった。表情も変えることなく戦ってきた」と試合中盤でプランを組み立て直したと吐露。一方で防戦に徹したバトラーに「何のために日本に来たのか。勝つ気があるのか」と挑発した意図を口にした。

今後はスーパーバンタム級へ転向する。階級の壁は容易ではない。実際にスーパーミドル級4団体統一王者、世界的スーパースターのカネロ・アルバレスですら、階級を一つ上げた試合で敗北している。ただし、井上にその不安を抱くものはいないだろう。むしろ減量苦が緩和され、攻撃の威力が増すのではないかとの見方が強い。井上なら2階級4団体統一も夢のまた夢ではないとすら思えてしまう。
現在、世界スーパーバンタム級の世界主要4団体のベルトは、WBAスーパー、IBF王者ムロジョン・アフマダリエフ(ウズベキスタン)と、WBC、WBO王者スティーブン・フルトン(米国)の2王者が分け合っている。二者ともに無敗だ。井上は二者の試合をほとんど見たことがないと話し、目標を尋ねられると「会長が決めた試合をする」の発言にとどめた。“日本ボクシング界の最高傑作”は、試合前からすでに“世界の最高傑作”への歩みを見据え歩みを進めていた。

著者プロフィール

たかはし 藍(たかはし あい)
元初代シュートボクシング日本女子フライ級王者。出版社で漫画や実用書、健康書などさまざまな編集経験を持つ。スポーツ関連の記事執筆やアスリートに適した食事・ライフスタイルの指導、講演、一般向けの格闘技レッスン等の活動も行う。逆境を乗り越えようとする者の姿にめっぽう弱い。
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